過去の裁判

過去にあった企業の裁判や個人のユニークな裁判に関する話題を書いていきます!!

お家騒動の疑問【創業家VS経営陣】

どうも~!お家騒動と掛けまして、つけ麺とときます。その心は、、、

ドロドロですよね。

どうも、世論を斬っても縁切るな、お笑い芸人です。

今回は、創業家と経営陣で揉めているお家騒動について調べてみました!

まずは、記憶新しい出光興産ですよね。

出光興産は、経営陣の独断で昭和シェル石油との合併をしようとし、創業家に反対されたことから発展した問題!

経営陣はついに、昭和シェル石油との合併に反対する創業家を追い詰める強硬策に出たそう!経営陣はこれまで「創業家の説得を優先する」と言い続けてきたらしいが、結局創業家との全面対決に踏み切った。

なんだかアライアンスステッカーというモノを貼付したローリーの運行を開始しているよう。これについて創業家は一体に何を思うのでしょうかね?

出光興産と掛けましてチキン南蛮とときます、その心は、、、

きゅうしゅうされるでしょうね。

自分で言うのもあれだけど、これはうまくない!!www

はいはい。

そして大騒ぎされた大戸屋ですよね。

2015年7月に実質的な創業者だった三森久実氏が57歳で急逝。その後、2016年2月には、息子の智仁氏(27)が一身上の都合で辞任しました。久実氏が亡くなってから、役員の刷新を推し進めているのが、2012年から社長を務める窪田健一氏(45)です。

窪田氏など3人の取締役の残留や、かつて会長や副社長を務めた人物が再登板する内容

などを含めた8人を新たな取締役に選任する計画など、こうした人事案に創業家側は反発を強めています。元取締役の智仁氏は「能力がある海外事業担当役員の退任や、元役員の再登板に疑問がある。社外取締役全員の退任にも十分な説明がない」と、会社側の人事に反対を表明しました。

対立の原因は、窪田社長がこれまでの路線を否定するような、人事や経営判断を下してきたことにあるようです。

大戸屋と掛けましてフリーターとときます。その心は、、、

やっぱりていしょくがいい。

今日はこの辺で!

出光騒動から、色々な裁判のお話し

色々な裁判のことを調べているのですが、最近だと出光の公募増資が気になりますね・・・

そもそも合并問題で経営人と創業家が揉めているのですが、それも内容調べてみると経営人の無謀ともいえる合併案で、それを「反対」した創業家との揉め事でした

そしてその大株主の創業家が邪魔となり、経営人がとった行動が「公募増資」・・・

こんなめちゃくちゃな理不尽極まりない話が通るわけないと思っていたら、通ってしまったのです・・・これは驚きの結果でしかありません・・・

この無茶苦茶な公募増資が認められるとなれば、今後色々企業の動きもかわってしまうのでは?

出光というのは創業者の活躍が映画化されたりと、すごく歴史あり愛された企業です。

そんな企業の歴史に泥を塗る今回のお家騒動は残念でなりません・・・

まだ合并が決まった訳ではありませんので、あとは合并の話が白紙に戻ることを強く願っています。

色々な裁判を見てきましたが今回の判断は残念だったな・・・

 

さて気を取り戻していくつか裁判官が実際に言った一言を書きます。

 

少年を暴行死させた暴走族に言った一言

「犬のうんこですら肥料になるのに、君たちは何の役にも立たない産業廃棄物以下じゃないか。」

 

酒井法子覚せい剤の裁判で言った一言

「あなたは映画やドラマなどでいろんな役を演じてきましたが、残念ながらこれは現実です。」

 

売れないお笑い芸人が裏カジノで働いていて逮捕され、これからまたお笑い頑張りたいですと言ったら

「でも奥さん泣かせてるよな」

 

嘘で119に通報してきた男が、これからは彼女も作らず真面目に働きます。と言った後の一言

「おい!ちょっと待てよ。それは無理だぞ。」

 

裁判官の一言は、胸をうつ言葉であったり、一本取られたな!ってことが多く、その言葉を聞くために裁判に足を運びます。

 

離婚裁判は見たことないですが、面白いって良く聴きます!

大半が浮気が原因で妻が怒っての裁判らしいのですが、夫の必死さが面白いらしいです。

 

これからも面白い裁判や、心打つ裁判官の言葉をアップしていきます!!

国内よりも海外の方がユニーク

裁判といえば深刻なものを想像する人が多いですが、実は無関係な人間からすると笑ってしまうような事柄も多くあります。本人にとっては深刻なものかもしれませんが、傍から効いている分にはかなり面白いものも存在していて、傍聴マニアがいるのも分かるというものです。ただインパクトに関しては日本国内よりも海外の方がユニークなものが多く、いくつか紹介していきます。
例えば過去には自分自身を訴えた裁判があり、飲酒が原因で逮捕された人物が、自分自身に対して自由を奪ったという訴えを起こして賠償金の支払いを求めました。話を聞く限り面倒ですが問題はないように思えますが、本人には支払い能力がなく、代わりに所属する自治体に支払ってもらおうというのですから厄介です。受け取り方によっては自治体からお金を受け取ることが目的であり、この裁判に関しては却下されて終わりました。
他にも足の臭いが原因で退学を言い渡された学生が取り消しの訴えを起こして、これだけでもかなり珍しい話ですが、裁判官の判決もかなり珍しいものでした。訴えは無事に可決されて復学が可能となり、理由としては周囲の人間は鼻を塞いで臭いを我慢すればいいというものですから、原因、訴え、結果のすべてがかなり珍しいものです。そして無事に復学できたのも訴えを起こしたからで、行動することも重要だということを知らせてくれる一例とも言えます。
さらにテレビCMを見て、商品を購入すれば女性にもてると思って買ったのに叶わなかった、そういった訴えを起こした人もいます。ビールを飲めば美人が出現してもてるといったものですが、残念ながら、むしろ当たり前ですがそういった奇跡は起こらなかったようです。怒って訴えましたが「CM上の演出です」の文字が書かれていたこともあり、勝つことはできませんでした。ただ似たようなもので、お化け屋敷に入って怖すぎたと裁判を起こしたものがあり、こちらに関してはアミューズメントの限度を超えているということで慰謝料を勝ち取ることに成功しました。
このように世の中には個人が起こしたさまざまな裁判があり、バラエティの豊かさに驚いてしまいます。裁判は原則としてどのような内容でも訴えることができて、内容によっては勝訴の確率がないわけではありません。また裁判官や検察、弁護士だけではなく、部外者である傍聴人の前で聴いてもらうことができるので、自分の訴えを広く知ってもらうためにも役立ちます。

裁判だけが解決策ではない

企業は利潤追求をするとともに、法律を遵守しなければならないという法的コンプライアンスを持っています。これが確実に行われなかった場合には、刑事、民事を問わずその責任が追及されることになります。

民事ではよく起こりうることですが、例えばA社からB社に製品を納品したものの、製品がB社の要求水準に達していなかったためにA社からB社に対して全額支払いを行わなかったという例です。この場合には、A社に責任があるように思われますが、そもそも納品されるべき製品について製品の完成水準についての明文化した取決めがあったのかどうかということについて問題になります。

もし明文化された契約書が存在しているのならば、B社に瑕疵があったということになるのですが、たまたまB社は職人気質の工員、Cさんを雇用していたので、A社の要求水準に応えられる製品の製造が可能だったというだけで、実際には明文化された規定はなかったとします。

ただ、この場合でもA社はまた元請けのD社に納品できなかったことで、D社からも請求をされています。このように各企業を巡っての権利関係がおのおの違っている時には、企業間で裁判が発生し、紛争を解決しようとする動きとなることがあります。

裁判は紛争を順当に解決し、お互いの利益を正当に守るための権利です。上記の場合、法的には何も契約書上定められていなかったのが、商慣習によってB社はたまたま義務を履行していたことでトラブルにはならなかったわけです。

A社は損害を被ったことは間違いないのですが、それがB社の責任であるということを法的に立証するのは難しいかも知れません。これからA社がB社に何を求め、どのような義務の履行を求めていくのかは、裁判という法的な手段が最も適していると言えます。

裁判は、弁護士同士が義務権利関係を双方の代理人として主張しますが、必ずしもどちらかの全面勝訴ということにならないことが多いです。

裁判には有効な証拠が全部提出されるとは限りません。したがって、双方に何らかの思い込みや瑕疵があった場合には裁判官による和解勧告が行われます。

企業間での争いの場合、必ずしも全面的に双方で争い合うことが望ましいわけではありません。今後の取引を考えるとわかいが望ましいばあいもあれば、その前に当事者同士で話し合うという選択もあります。紛争を大きくしないことも解決方法としては大切です。裁判を起こすことばかりが解決の円満な方法にはなりません。まずお互いの弁護士に相談することも企業間では大事です。

裁判ではしっかり証拠をそろえることが大切

裁判というと、民事では双方の法定代理人弁護士がいて、原告側弁護士が主張する論点を被告側弁護士が論破していくという法的な闘いです。これには証拠書証が必要だったり、証人を喚問して、どちらの主張が正しいと認められるものかという、証拠をまず原告側が提出しなければなりません。つまり、原告は被告人が原告に何らかの義務があるということを法的に立証しなければならないのです。

被告側が義務を負っているというその説明責任はまず原告にあり、原告側が証拠を提出した後、被告側が反論をして被告人として合理的な納得のいく法的な証拠を提出するという手続きが何度か行われます。

ここまでは、総論的な話ですが、具体的イメージが湧きにくいかも知れません。よくある訴訟の典型としては、不法行為による損害賠償請求訴訟があります。例えばA社がB社と取引きをしていて、B社が納期までにA社に部品を納入することになっていたのに、B社は納入することができなかった。その結果としてA社は別の取引先のC社から取引きを停止されてしまい、金銭的な損害を被ったので、A社がB社を訴えの対象にするというものです。

これが一般的な流れになるのですが、対個人としては、これも例ですが、結婚している夫Aが、不倫をしてC子と肉体関係を持った。妻であるB子は離婚訴訟を起こして夫AとC子の双方に不法行為による損害賠償請求を行うというものです。肉体関係を持ったという事実を立証するのに、興信所に依頼してホテルに入っていく2人の写真を証拠にしたり、2人の不倫関係を証明するメールやラインのやり取りのプリントアウトが証拠として提出されることがあります。

個人が個人に対して訴訟を起こすのは、こういった個人間の不法行為を追及する場合が多いのですが、離婚の場合は日本では調停前置主義と言って、離婚調停が不調となってからの裁判になります。調停から裁判に至るまでを弁護士に依頼すると、損害賠償額にもよりますが、100万円程度は成功報酬を含めて弁護士に支払わなければならないでしょう。訴えの内容を多忙な弁護士に理解してもらうのに弁護士に対してまず、用意した証拠を提出しなければなりませんし、打合せのために何度も時間を取られます。弁護士によっては出張に別途料金がかかります。

きちんとした証拠があるのならば、本人訴訟を起こして損害賠償請求訴訟を提起することも可能です。裁判官、書記官は本人訴訟ということを理解しているので法的な援助、理解をしてくれることが多いものです。勝てる見込みが強い裁判ならば、本人訴訟を提起してみることも検討してみても良いでしょう。

日本でも懲罰的な慰謝料を導入

アメリカの裁判を見ると、慰謝料の金額がかなり高いことがわかります。億単位の慰謝料は平気であり、企業としてはかなりの恐怖、リスクとなります。こうした背景があるため、簡単に非を認めないというのがあります。非を認めてしまえば、下手をすれば、億単位、それ以上の慰謝料になってしまい、企業にとって大きな影響を与えざるを得ない事態になってしまうからです。日本の裁判は今のところ、こうした懲罰的な慰謝料というのは少ないですが、段々と登場し始め、それが企業にとってかなりのリスクになっていることが考えられます。

日本の慰謝料の概念として、損失の補てんというのがあります。誰かに被害を受け、その被害を回復させるために必要なお金が慰謝料となります。この被害の度合いを巡り、被害を与えたとしてもそこまでではないと主張する企業側、確実にかなりの被害は受けているからこれくらいの慰謝料は必要だと主張する原告側が裁判で激突します。アメリカの場合、損失の補てんは当然とし、懲罰を与える意味合いで慰謝料を上乗せする傾向にあります。損失そのものはさほどなくても、懲罰となる慰謝料がかなり増えてしまうのがアメリカの特徴です。

懲罰的な慰謝料の狙いとしては、抑止力があります。パワハラが近年問題になっていますが、仮に裁判で訴えられたとしても、その金額がわずかであれば、他の企業としてはそこまでパワハラ対策をする必要に乏しく、リスクではあっても、そこまでのリスクではないと感じます。ところが、懲罰的な慰謝料により、多大な損害、リスクが生じるとわかれば、こうしたリスクを回避しなければならないという力が働き、パワハラがないようにする努力をするようになります。こうしたことを促すためにも、抑止力としての懲罰的な慰謝料という概念が存在することとなります。

今までの裁判ではリアリティのある賠償金が提示され、お金ではなく、被害に遭ったことを認めさせることがメインとなっていました。ところが、日本でも段々とこうした概念が取り入れられ、国民感情の高まりも相まって、成敗することへの期待が高まっています。そうした流れを受け、懲罰的な慰謝料の導入はパワハラや過労死などの抑止につながることが考えられます。また、ネット上の言論などで不用意に傷つける行為についてもこうしたものが導入されれば、確信的に行われる不法行為を減らすことができ、健全な空間を築き上げることが可能となります。

日本も訴訟大国に近づきつつある

アメリカは訴訟大国と言われ、ちょっとしたことで裁判を起こす個人が多くいます。日本でも段々と裁判を起こすことに抵抗がない人たちが増えるなど、日本も訴訟大国に近づきつつありますが、それでも現実的なものがほとんどです。日本やアメリカであった面白い裁判、そして、なぜそんな裁判を起こすことになったのか、その真意を知ると、一見すれば理解しがたい裁判でも納得できることもあります。特にアメリカは面白い裁判が非常に多く、その単純さなどを知ることができます。

例えば、ビールのCMにおいて、これを飲めばファンタジーを現実にできるというキャッチコピーが流され、それを虚偽広告として、そのビール会社に訴えを起こした個人がいました。当然ながら、その訴えは退けられることになりましたが、その人曰く、子供がCMのキャラクターが好きになり、このままではアルコールにハマってしまうから何とかしなくてはという思いで裁判を起こしたと語られています。確かに気持ちはわかるものの、物事の分別は大人になればいずれわかることであり、そんなことでアルコールにハマるとは考えにくいのが実情です。

日本では、クイズ番組の答えを巡り、裁判に発展したケースがあります。食べ物の名前の由来に関する4択の問題が出題され、解答者はこれを外し、数百万円を獲り逃してしまいます。しかし、調べてみると、解答者が選んだ解答も諸説の1つに含まれている、だからこれが正解なのではないか、だとしたら、数百万円をもらえないのはおかしいということで裁判に発展しました。食べ物の名前の由来の文献を調べた結果、番組側が用意した解答の説が大多数を占め、解答者が示したものはわずか1つだけであったため、退けられる結果となりました。

クイズ番組のケースでは、正解の決定権を設定できるのは出題者側であるというのが裁判で示されました。そして、訴えを起こした側は解答が知りたかったと述べ、控訴をせずに決着を迎えました。このように、本当にお金を求めているというよりも、精神面、心理面のことで訴えを起こす個人がこうしたユニークな案件を持ち出すことがわかります。

最近ではリスク回避のため、訴えられたり、クレームが入ったりしないよう、予防線を張る企業などが増えています。しかし、精神面、心理面の問題はこうした予防線は通用しません。むしろ、こうしたものが新たな課題、アイデアを生むこともあるため、すべてが悪いということでもないのが実情です。