過去の裁判

過去にあった企業の裁判や個人のユニークな裁判に関する話題を書いていきます!!

企業における個人が果たす業績配分

よく「企業は人なり」と言いますが、人がいなければ企業が回らないのは紛れもない事実です。できれば優秀な人であればあるほど企業の業績は向上するとも言われています。正確には「言われている」ではなく「思われている」だけかもしれません。なぜなら優秀であるはずの出世した社長が原因で業績が落ちることもあるからです。優秀にこだわると失敗することもあるのが経営の難しさです。
優秀かどうかは別にして、人がいなければ企業が動かなくなるのは最近の配送業者のニュースを見ていますと実感します。どの配送業者も人手不足で悲鳴を上げています。これは「企業は人なり」を証明していることになります。配送という業界では人の才能はあまり関係がありません。ある程度の能力さえあるなら誰でもこなすことができます。だからといって決して配送業務を軽く考えているわけではありません。コツコツと積み重ねることができる人でなければできない仕事です。
配送業務のあと一つの特徴は仕事の量が明確であることです。配達する荷物の数ですぐにわかります。しかし、世の中には仕事の量が明確でない場合も少なくありません。つまり業績が判断しにくい業種ということになります。一般的に言われるのは、いわゆる裏方という仕事です。営業は売上げという数字で表れますが、裏方である事務職の場合は業績を評価するのは簡単ではありません。似たような仕事はほかにもあります。
以前、LEDのメーカーとその会社の元幹部が裁判で争ったことがありました。この裁判は一つの発明が果たして業績の帰属を争うものでした。会社からしますと社員として働いていたなかで発明した業績ですので「利益は会社のもの」という考えがありました。それに対して元幹部は発明をしたのは自分ですので「その発明によって得られた利益の大半は自分のもの」と主張していました。
元幹部の主張によりますと、「経営陣から反対される中で自分ひとりでいろいろと工夫をして発明した」という思いがあります。ですので業績も自分が果たした役割が大きいと思っていても不思議ではありません。しかし、会社側からしますと、勤務時間中に給料をもらいながら発明をしたのだから「その発明は会社のもの」、つまり業績も会社が果たした役割が大きいという発想です。
この両者の主張はどちらも説得力があるように思われますが、結局裁判では和解によりある程度の金銭の支払いで決着することになりました。結果だけを見ると会社側の主張が認められた感があります。この裁判で重要なことは、会社と個人の業績について明確な決まりがないことがわかったことです。これを教訓にすることが大切です。

コンピュータに依存し過ぎた企業のミス

コンピュータによるシステムの管理は今やごく普通になっています。コンピュータに任せておけば、人間が積極的に管理や監視を行わなくても、業務の遂行を正確に見届けることができるからです。便利な携帯端末の発展などによってさらにこうしたコンピュータの技術やネットワークの技術は向上していくと考えられています。しかし、実はこうしたコンピュータの技術やシステムに依存しすぎて大失敗をしてしまった企業は少なくありません。裁判にまで発展し、実に100億以上の損害を別の企業に対して支払うことを命じる判決を受けた裁判例まで存在します。有名なのは、株取引で会ったある証券所のご発注に伴う事例です。取引所は、膨大な取引における管理をコンピュータのシステムに任せています。コンピュータがない時代は、人間の手によってそれぞれの銘柄の管理を行っていたのですが、コンピュータによってそれぞれの銘柄や株価を容易に管理できるようになってからは、証券所の人間もボタン操作一つで買いたい銘柄も売りたい銘柄も管理できるようになりました。そして、こうしたコンピュータに任せていた油断が大きな事件に発展することになります。その日、株取引の管理を行う担当だったある人は、ある企業の株価を1株当たり61万円で販売しなくてはいけないところ、1円で61万株を販売するというとんでもない設定ミスをしてしまいました。1円61万株で発注したその取引は、システムに読み込まれてしまって株取引の市場では大混乱が生じます。様々な憶測が飛び交っている中で、担当者が自身の大きなミスに気付いた時には手遅れでした。コンピュータ側に取引の取り消しを求めてもシステムがそれを受け入れず、対処をしている間にも市場では混乱ながらも取引が行われ、1円61万株という大安売りで販売されたその株は見事に売り切れてしまいました。取引所に対して販売を依頼して企業はある金融機関だったのですが、当然その金融機関はとてつもないダメージを受けました。これによって裁判が起こり、100億円以上もの賠償請求に至ったわけです。面白いのが、ご発注によって行われた株取引に関しては無効にはならなかったことです。ご発注によって手に入れた株取引の利益はそのまま投資家の利益となり、責任はそれを管理していた取引所が全て背負わなくてはいけませんでした。この裁判は、ネットワークやシステムを管理する企業に対する警鐘であるとも考えられるでしょう。

個人にも関わりの深い裁判

一般個人であっても、裁判と無関係でいられない時代になっています。たとえば、誰でもSNSで情報発信できる世の中ですが、それが問題に発展することも少なくありません。些細な記事が内容証明の送付に繋がることも多く、そこから個人に対する裁判になることも散見されます。そうしたリスクを回避することも大切ですし、実際、どのような方法で行われるのかを見ておくことも大事です。さらに、法曹に携わらない普通の個人であっても、裁判員として法廷に立つ制度もあります。確率的には、一生に一度ほどは経験する可能性がありますから、知識はますます重要です。
とはいえ、なかなか座学だけでは頭に入るものでもありません。やはり実際に体験してみることが、習得への近道になります。法廷というものは、なにも被告や原告にならなくとも、自由に傍聴することが可能です。事前予約もいりませんし、しかも無料となっています。実は隠れた趣味として、傍聴席に通い詰めるような人も多く、一部の人はコメンテーターとしても活躍中です。法廷に入るにあたり、難しい条件はありません。ただ非公開であったり、参加希望者が多数の場合は、入場できないことも考えられます。有名人が絡むものや、報道で大きく取り上げられているものは、長蛇の列ができることも珍しくありません。また、傍聴席に座った後は、原則として帽子などは脱ぎ、静粛な態度を心がけておきましょう。
個人で訪れるのであれば、やはり高等裁判所のような、ある程度大きな施設のほうが見応えがあります。たとえ重大な事案を起こした人であっても、被告席の姿を見れば、驚くほど普通の人であることがほとんどです。それを見て自分自身を振り返り、内省の糧としていくのも、膨張することのメリットといえます。また、施設内には法廷だけではなく、食堂が営業しているところがほとんどです。滅多に来るところでもないので、話の種に食事してみるのもいいでしょう。牛丼屋のチェーン店が入っている施設もあり、そのミスマッチさは一見の価値があります。
自分が巻き込まれたときのことを考えると、いつでも依頼できる弁護士を把握しておくことも重要です。ときには、自らが訴訟を起こさなければならないこともあります。そのような事態になっても冷静に対処するためにも、きちんと現場を見ておくことは、たいへん有用です。個人でも訪れることができる裁判所に行き、傍聴席に座っていきましょう。

海外で本当にあった個人のおもしろい裁判

日本ではあまり見かけられない事例であっても、海外では考え方や法律が違ってきますので、日本人が想像もしないようなおもしろい裁判の事例が存在します。これから紹介するものは本当にあった事例です。国が違えばこのような内容の裁判が発生することを予想しながら、海外へ旅行へ出かけたり、移住を検討する際の参考にすると良いでしょう。
紹介する内容は、個人が訴訟を起こしたものが中心です。特にアメリカの事例が多く見受けられます。
アメリカでは日本と同じように、ビールのテレビコマーシャルが流れています。1991年に、バドワイザーの商品名でアメリカの酒造メーカーが、魅力的なテレビコマーシャルを放映しました。その内容はバドワイザーを飲むことによって、ナイスバディの美女たちや、南国などの夢が現実になるといったものです。一般の人なら商品をアピールする単なる宣伝文句のようにしか考えませんが、なんとこれを見た男性が、バドワイザーの酒造メーカーに対して、商品を飲んだのにテレビコマーシャルの内容のとおりに夢が叶わなかったとして訴えました。請求した慰謝料は、なんと1万ドルです。慰謝料を請求したのは虚偽のテレビコマーシャル内容のせいで、心の傷とお金を失ったからです。
この男性の訴訟は退けられましたが、その後、男性に対する悪いイメージが世間で広がってしまいます。びっくりするような訴訟を起こしたのは、バドワイザーのテレビコマーシャルを興味を持って見ていた自分の子供が、アルコールを飲んでしまうのを阻止するためであったと主張しました。子供のためを思って起こした行動だったことが判明した、おもしろい裁判です。
もっとおもしろい事例として、訴えを起こしたのが本人という、頭がこんがらがりそうな個人の裁判があります。自分に対して本人が訴えましたが、彼は1995年当時、服役中の立場でした。捕まった理由はお酒で酔っ払った勢いで重窃盗や押し込み強盗を行った末、実刑判決を受けたからです。
酔っ払った自分に対して、自分の自由が失われたと訴えた事例です。請求額は500万ドルです。これを見ると馬鹿な人間だと考えるところで、自分で慰謝料を払って本人が受け取りますので、本人が勝っても負けてもあまり意味がないことが誰にでもわかります。ところが、この男性は訴えた相手である自分に支払い能力がないことを理由に、州が500万ドルを肩代わりするように促します。とんでもない内容である一方、ユニークな発想とも見てとれるのがおもしろい事例だといえるでしょう。

激揉め!お家騒動!!

ワイドナショーやスッキリなどなど、色々なテレビ番組を見ていて思ったのが、この先芸人もニュースを語れなければ生き抜いていけないのでは?と思い、自分も自分なりにニュースを見て語れるように勉強しようと思いました!

テレビだけではなく、ちゃんと新聞も読もうと思い新聞も2社契約を交わしました!

でも地頭は良くないので、株がうんぬんかんぬんはもっと知識増やさないとです・・・

 

ここ最近で気になっているのは企業のお家騒動です。

最近だとまだ絶賛揉め事中なのが「出光」です

出光は【海賊と呼ばれた男】という映画化にもされた創業者がいて、その血を引く者たちが大株主として方針を守り続けてきた一流会社です。

なぜ今揉めておるかと言うと、現在の経営陣が昭和シェルとの合併を計画したが、創業家一族に猛反対されたからです。

確かに調べている段階ではこの合併は出光にとってあまりメリットを感じることができないのです。

 

さらに創業家に十分な説明もなく強引に進めていることに怒った創業家と、逆切れして持ち株をうばって発言権をなくそうとする現・経営陣・・・

大人として、一流企業をひっぱって行く人間としては、この選択は正直どうかしているとしか思えません・・・

何か裏があるのでは?と疑ってしまいます・・・

小池百合子知事の言葉を借りて言うなれば企業というものは、利用者ファーストで社員ファーストでなければならない、なのに今の経営陣のスタイルは自分ファーストってなっていますよね・・・

これは海賊と呼ばれた創業者が知ったら泣きますよ!

今彼は天国で怒っていますよ!!

まず沢山の人々により企業は成り立っているので、その恩を忘れずに筋を絶対に通さないといけないと思います。

 

この件はまだまだ揉め事が続きそうなので、色々追っかけて調べたいと思います。

 

あとは今世間の注目を集めに集めている松井一代についても調べたいと思います。笑

一体彼女はユーチューブの広告費でいくら集めているのか?

彼女のニューヨークパネルはわざわざオーダーしたものなのか?

彼女の入手した画力の低い、おちん○んシールとはなんなのか?

 

色々気になることがありますね!笑

過去にあった裁判で印象に残っているもの

裁判と言いますと、堅苦しく重いイメージがありますが、実際は市井で暮らしている庶民の生活に関連した柔らかいものも少なくありません。

実は裁判で最も興味を引くのは事件の内容よりも裁判官の判決である場合もあります。その理由は、普通の人の感覚とは異なった判決がでることもあり、そうしたときはマスコミから注目されることもあります。

少し変わった過去の事例では、お笑い事務所が北海道の名物お菓子と似た名前でお菓子を販売していた裁判がありました。

この事例は北海道の名物お菓子の名前が「白い恋人たち」で、お笑い事務所が作ったお菓子が「面白い恋人たち」ですが、おそらくこの事例を見た人はみなさん「受ける」はずです。

特に、大阪の人なら好意的に受け取るはずで、「さすが」というくらいのお笑い事務所です。

しかし、北海道のお菓子会社にしてみますと、本来「白い恋人たち」を購入しようと思っていた人が、間違って「面白い恋人たち」を購入するという不安があり提訴したのでした。

結局、これは決着をつけることはなく裁判所の和解勧告に両者が従ったことで終結しました。

北海道のお菓子会社が問題視したのは大阪だけではなく、東京でも販売していたことでした。

和解案はパッケージを変えることと販売を大阪に限定するものでした。

実際問題として、マスコミで報じられることは、お笑い事務所としては結果的には格好の宣伝になりましたが、北海道のお菓子会社としてはメリットが少ないのが実際のところです。

ですから、和解案を受け入れるしか方法はなかったというのが真相のはずです。 もうだいぶ過去のことになりますが、ある青年雑誌で「家裁の人」という漫画がありました。これは家裁で判決を下す人の漫画なのですが、家裁とは「家庭に関する事件の審判及び調停をしたり、少年事件の保護事件の審判などをするところですが、どれが正しい判決なのか作者も迷いながら描いているのが伝わってくる漫画でした。

実際問題として、子供が犯罪を起こした場合、犯罪を起こしたのは子供ですが、そこまで追い込んだのは親です。

ですから、「子供に責任はない」という意見も少なからずあります。

しかし、そんなことを言ってしまいますとすべての犯罪は当人ではなくほかの人に責任を押しつけることが可能です。

かつて地方から上京していた青年が残虐な犯罪を起こしたのですが、その家庭環境をみますと、犯罪を起こすのも仕方ないような生育環境だったのです。

このようなときでも犯罪の責任は当人にあると言い切れるのでしょうか。そんなことを考えさせられる事件でした。人が人を裁くことは本当に難しいものです。

過去の裁判も色あせない面白さ

よくよく見てみると、過去に起こった企業の裁判などを見てみると、本当に記者会見で、偉い人たちが頭を下げてたいへんだなと感じます。

その頭の下げ具合や角度によって本当に謝っているかどうかも何となくわかりますし、記者会見の時に泣いている姿やお詫びを言っている姿というのは、時には胸を打つものもありますし、中にはしらけてしまうものもあります。

それが裁判になると本当に滑稽に感じたり、すごく関心を持ってみてしまうものもあります。

一方で、個人のユニークな事件なども本当に面白いものが多いです。こんなことで実際に事件になったのか、本当にこれは現実に起こったことなのかなど、思ってしまうものも沢山あります。

どちらが被告なのかわからないような物もありますし、余りにも馬鹿らしいようなことで裁判になって、むしろ関係者が気の毒だなと思うこともあります。

中には身内のもめ事が発展したりして裁判になっている場合もありますが、他人の力を借りなければ解決できないのかと思うほどバカバカしい事も起こっています。

でもこういうことって言うのは、本当に話題になっているというか、そういうことを話題にしていること自体が平和なのかもしれません。

もっと世の中が世知辛い状態であったり、楽しみもなく閉塞感があったときなどはそのようなことは感じないかもしれません。

しかし、ユニークさを感じたり、企業が頭を下げているのを客観的に見ているということは、それだけ私たちが平和なんだとも思います。

ニュースに釘付けになっているわけではないのですが、たわいのない会話でこういったことがみんなの前で話をできるというか、これはある意味幸せだと思います。

でもやっぱり一番大変なのは、原告被告ではなく、裁判長ではないでしょうか。

こんなこと判決しなければいけないのかと思う事件から、普通に判断すれば社会的な影響も大きく、勝訴にしたくてもできないものや敗訴にしても結果的には勝訴みたいになってしまうような事件もあるわけですから大変だと思います。

事情判決や事情裁決といったものがまさか私たちに採り上げられるなんて思いもしないのではないでしょうか。

現在起こっている事件よりかなり前の過去のことについても、いまだに語られるユニークものは、いつの時代になっても色あせないものなんです。

それに大の大人が集まり真剣に話し合ってる姿というのは、本当に滑稽だと思います。だから話題になるのでしょう。